臨済宗とは?教えや歴史、葬儀や仏事のマナーを分かりやすく解説

更新:2023.06.29

臨済宗は日本仏教の宗派で、坐禅を重んじる「禅宗」のうちのひとつです。

また、「わびさび」に代表される日本文化は、室町幕府と距離の近かった臨済宗にその原点を見ることができます。

この記事では、臨済宗とは具体的にどのような教えを説いているのか、日本社会でどのような影響を及ぼしてきたかなど、基本的な知識や教え、さらには葬儀や仏事について、分かりやすく解説いたします。

臨済宗の概要

まずは臨済宗がどのような宗派なのか、その概要をお伝えします。

もとは中国で生まれた宗派

臨済宗は、もとは中国で始まった宗派です。

インドから禅の教えを広めるために中国にやってきた達磨大師(ダルマ)は中国禅宗の祖となり、以降中国社会に禅の思想が広まっていきます。

中国の禅宗は5つの大きな流派に分かれ、そのうちのひとつが、唐の時代の禅僧である臨済義玄が開いた臨済宗でした。

さらに臨済宗は「黄竜派」と「楊岐派」に分かれます。

日本に臨済宗を伝えた栄西は前者の黄竜派に属しますが、現在の日本の臨済宗の主流は後者の楊岐派の系譜です。

日本に臨済宗を伝えた栄西

日本に臨済宗を伝えたのは、鎌倉時代の僧侶・栄西でした。

比叡山で修行に打ち込み栄西でしたが、世俗化が進み、権力争いに明け暮れる比叡山を改革するべく、本場の天台宗を学ぶに、28歳と47歳の2度に渡って中国に渡航し、そこで禅宗の教えを知ります。

51歳の時に臨済宗僧侶としての印可を受け(正統後継者として認められること)、日本に戻り、禅の教えを広めていくこととなります。

栄西による新しい動きは、既成権力や既存の仏教勢力から非難や弾圧を受けます。

しかし、平安の貴族社会から鎌倉の武家社会へと世の中が大きく変革する時期、栄西は新興勢力であった源氏や北条氏から信頼を集め、鎌倉時代から室町時代にかけて影響力を強めていくこととなります。

ちなみに、臨済宗に並ぶもう一つの大きな禅宗の宗派に曹洞宗があります。

臨済宗が幕府や権力に近かったのに対し、曹洞宗は地方の武家や庶民に対して教線を拡大していったことから、「臨済将軍」「曹洞土民」と両者を表現します。

14の分派と本山

臨済宗 大本山 南禅寺

現在の臨済宗は、14の諸派に分かれ、約7000もの寺院があります。

現在の日本臨済宗の14諸派は以下の通りです。

宗派本山寺院所在地
臨済宗南禅寺派南禅寺京都市左京区
臨済宗妙心寺派妙心寺京都市右京区
臨済宗建長寺派建長寺神奈川県鎌倉市
臨済宗東福寺派東福寺京都市東山区
臨済宗円覚寺派円覚寺神奈川県鎌倉市
臨済宗大徳寺派大徳寺京都市北区
臨済宗方広寺派方広寺静岡県浜松市
臨済宗永源寺派永源寺滋賀県東近江市
臨済宗天龍寺派天龍寺京都市右京区
臨済宗相国寺派相国寺京都市上京区
臨済宗建仁寺派建仁寺京都市東山区
臨済宗向嶽寺派向嶽寺山梨県塩山市
臨済宗仏通寺派仏通寺広島県三原市
臨済宗国泰寺派国泰寺富山県高岡市

臨済宗の教え

この章では、臨済宗がどのような教えを説いているのかを解説いたします。

「禅」ってなに?

臨済宗とは禅宗の一派ですが、ではそもそも「禅」とは一体何なのでしょうか。

よく私たちは坐禅の姿を見て、それを禅だと思いがちですが、坐るだけが禅ではありません。

禅とは、心の散乱を鎮めた精神状態のことです。

ですから禅宗では、坐禅や作務(食事や掃除などの日常生活)全体を修行と捉え、どのような煩悩や周囲の環境などに心を乱さないように努めます。

■達磨大師の四聖句

禅の教えを中国に伝えた達磨大師の言葉である「四聖句」に、禅の真髄が込められています。

・「不立文字」(ふりゅうもんじ)

お釈迦様の悟りの境地は、文字や言葉に置き換えて伝えられない。

坐禅や作務など、日々の体験から悟りの境地を目指す。

・「教外別伝」(きょうげべつでん)

言葉を用いず、師匠から弟子へ、心から心へ対して禅の真髄を伝えることを大切にしている。

・「直指人心」(じきしにんしん)

修行を通じて自己の内奥(=人心)を見つめることで仏心に通じ、悟りの境地に到達できる。

・「見性成仏」(けんしょうじょうぶつ)

人間は誰もが仏になれる素質(仏性)を備えている。

そのことを自覚すれば、おのずと仏になれる。仏さまは自分自身の中にある。

臨済宗は「看話禅」

臨済宗の大きな特徴が禅問答です。禅問答のことを「看話」と呼ぶことから、臨済宗の禅を「看話禅」とも呼びます。

(禅問答をせずに、ただ坐ることを大切にする曹洞宗は「黙照禅」と呼ばれています)。

禅問答では、師匠から出された問いに対し、弟子がその答えを考え抜きます。

ここで出される問いはすべて一般常識から逸脱したものばかり。

一見シュールに思えるものの、それは私たちがいかに世間の常識や価値観に縛られているかを意味します。

心の散乱を鎮めた精神状態を目指すなら、まずは私たちを規定する常識や価値観を内側から破っていかなければならない。

そのために、禅問答が行われているのです。

臨済宗と日本文化

臨済宗と禅文化は切っても切れない関係にあります。

禅の思想はいまや世界中の人々に知られており、あのスティーブ・ジョブスが、日本文化を愛し、京都にも足を運び、禅僧に師事していたことは有名な話です。

「わびさび」や「幽玄」という言葉に代表される禅文化に対して、臨済宗がどのように影響を与えていったのでしょうか。

五山制度

五山制度とは官寺(朝廷や幕府に認められた寺)に定められた格式のことです。

五山、十刹、諸山の順に格付けがされましたが、五山には臨済宗の寺院が名を連ねました。

五山制度は中国の文化を模倣して作られたものですが、当時の中国(宋や元)との交流は、禅僧を介して盛んに行われていました。

大陸の最先端の文化は、禅僧たちによって日本に伝えられて、室町文化は花開いていくこととなるのです。

それらは禅の思想を具現化していったものばかりでした。

茶道・華道

抹茶文化を日本に取り入れたのは、実は臨済宗を日本に伝えた栄西でした。

その後、武家社会にお茶の文化が広がります。あの千利休も、堺にある禅寺によくお参りし、京都大徳寺と親しくしていたと言われています。

また、華道の源流もお寺で仏さまに供えられる仏華だと言われています。

茶室や、書院造の床の間が一般化することで、華道の世界も広がりを見せていったのです。

建築・庭園

禅様式の建築には、「自然と自我の一体化」を目指す禅思想の影響が見られます。

平安時代はきらびやかな寝殿造の建築が多く見られましたが、鎌倉以降は書院造が主流となっていきます。

床の間や、座敷、襖、障子などを配した建築様式は、現代の日本の和風建築の原型ともなっています。

書道・水墨画

中国からやってきた禅僧らによって、日本の書道は大きく花開きます。

禅宗寺院ではよく禅語を書いた紙を掛け軸にして床の間などに飾ります。

これらも禅宗様式の書道、建築、芸術が一体となったものと言えるでしょう。

さらには水墨画も墨と筆で描かれる禅宗文化を代表する美術です。

日本の水墨画家として有名な雪舟もまた禅僧でした。

臨済宗の葬儀・仏事

臨済宗の葬儀や仏事は、どのように行われるのでしょうか。

臨済宗の葬儀

臨済宗の葬儀は、故人を仏弟子にして、仏の世界に送り出すために行われます。

具体的には髪を剃り、出家者が守るべき「戒」を授け、そして仏の世界に向けて引導を渡します。

これらはそれぞれ「剃髪」「授戒」「引導」として儀式化されています。

そして「十仏名」「大悲心陀羅尼」「観音経」などが読まれます。

臨済宗はお焼香の数にこだわりません。

臨済宗の本尊

臨済宗の仏壇に祀られる本尊は、中央に釈迦如来、左右には普賢菩薩と文殊菩薩をお祀りします。

この三尊の組み合わせを「釈迦三尊」と呼びます。

しかし、臨済宗には14もの宗派があるため、宗派によってこればかりではありません。

両脇を文殊普賢ではなく、その宗派を開いた人物を祀る宗派もあります。

たとえば南禅寺派の場合、向かって右に達磨大師、左に大明国師。妙心寺派の場合、向かって右に無相国師、左に花園法皇をお祀りします。

臨済宗の仏壇

臨済宗では木目を活かした「唐木仏壇」を用いることが多いようです。

マンションやデザインを重視した現代建築の場合は、住環境にマッチしたモダン仏壇もよく選ばれています。

臨済宗の戒名

臨済宗の戒名は、道号、戒名、位号で構成されます。お寺に多くの貢献された方の場合、院号をつけることもあります。

なお、多宗派のように「梵字」や「冠字」、戒名の下につく「置字」などは用いません。

上から順番に院号・道号・戒名・位号です。

(男性)◯◯院◆◆△△●●居士

(女性)◯◯院◆◆△△●●大姉

臨済宗の数珠

臨済宗の本式の数珠は、108個の主玉が連なる看経(かんきん)念珠です。

同じものは曹洞宗でも用いますが、曹洞宗の場合は金の輪がついているのが特徴で、臨済宗にはこれがありません。

臨済宗の家族葬は、広島自宅葬儀社にご相談下さい。

ここまで、臨済宗の教えや葬儀の内容について解説して参りました。

日本文化に大きな影響を与えた臨済宗。これらには、禅の境地を目指す思想が込められています。

葬儀においても、故人を仏弟子にして禅の境地に至らせることで、「あちらの世界でもおだやかに過ごせますように」と願いを込めて送り出せます。

宗派の教えの意味を知っておくことが、よりよいご葬儀につながるものと思われます。

臨済宗の葬儀で分からないことや不安がある方は、まずは広島自宅葬儀社にご相談下さい。どんなささいなことでも構いません。

お客様の声に耳を傾け、親切丁寧に、アドバイスさせていただきます。

この記事を書いた人

廣田 篤  広島自宅葬儀社 代表

葬儀業界23年、広島自宅葬儀社代表。厚生労働省認定技能審査1級葬祭ディレクター。終活カウンセラー。前職大手葬儀社では担当者として 1500 件、責任者として1万件以上の葬儀に携わる。実母の在宅介護をきっかけに広島自宅葬儀社を立ち上げて現在に至る。広島市内だけでなく瀬戸内海に浮かぶ島々から、山間部の世羅町、神石高原町まで広島県内あらゆる地域の葬儀事情に精通する広島の葬儀のプロ。身内の死や介護の経験、数々の葬儀を通じての縁から「死」について考え、文章にすることをライフワークとしている。

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